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ガジェット好きIT系母ちゃんが二人の子どもを育てながらIoTに挑戦するブログ。

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息子の肺炎と退職について

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2才の息子が肺炎のため、3度入院しました。(息子は9月で2才になりました)

最初は9月下旬に2週間。10月下旬にに1週間。11月に10日間。計32日間。

後悔していること。

初回の入院に至るまで。

9月中旬頃に風邪っぽい症状が出ていたから、近所の小児科で診てもらったのですよ。

「風邪ですね。念のために座薬を出しておきますから。」

と、解熱のための座薬と、風邪薬を処方されました。

私「子どもの高熱が続くと救急病院に行った方がいいですよね?」

医師「子どもの高熱は仕方の無いこと。高熱程度で救急病院で駆け込んでも周りに迷惑ですし、何も対応できませんからね・・・」

この言葉を鵜呑みにしてしまったのが悪かったのです。

確かに都立大塚病院は救急病院に小児科医が当直医として配置されておらず、代わりに内科医が診ても原因が分からず、そのまま帰されることは過去に何度かありました。(現在はどうなっているか分かりませんが)

熱性痙攣

「風邪」と診断されたその夜、40度の高熱が出て、座薬を挿しました。暫くすると熱が下がりましたが、午前3時過ぎに効果がなくなり、また高熱に戻る・・・

息子にポカリスエットを飲ませて、様子を見ていましたが、吐き出してしまい、その直後に全身を痙攣させ、意識が戻らなくなりました・・・

その直後に夫に救急車を呼んでもらい、息子の呼吸が確保できるような体勢を取って抱き、パジャマ姿のままマンションの外へ・・・。救急車で搬送中に意識が戻りました。

意識が戻らなかった時間が30分程度あったので、そのまま入院となりました。

入院先は「国立国際医療研究センター」になりました。

初回の入院で分かったこと

  • 風邪ではなくて「RSウィルス感染症」だったこと
  • RSウィルスが悪化し、既に重い肺炎になっていたこと
  • ポカリスエットを飲ませると低ナトリウム血症になるため、OS-1などの経口補水液を飲ませる必要があったこと
  • 座薬を挿した後、効果が薄れて急激に体温が上昇する場合がある。その反動で熱性痙攣を起こしてしまう子どもも少なからず居ること
  • 命に関わることなので、早めに大きな病院で検査をするか、小児科医の当直がある救急病院で診てもらうこと

セカンドオピニオンという言葉の通り、医師の診断に違和感があったらすぐに別の病院で診てもらうことが大事だと学びました。一人の医師の診断を鵜呑みにしないこと。子どもの命を守るのは医師ではなくて親なのだから。

救急搬送先の小児科医によると、初回の肺炎が重い場合、その症状を繰り返してしまう子どもが居るそうです。まさしく、息子がその状態になってしまいました。

肺炎は、死につながる重い病気です。

自分自身も、仕事が忙しい・睡眠不足・心の余裕が無い状態で、息子のちょっとした異変に気付けなかったことにとても後悔しています。息子とじっくり触れ合う時間の余裕と心の余裕がないと、小さな命は守れないと悟りました。

入院中は大部屋が空いていない関係上、個室になり、私は付添入院をしていました。個室はインターネット完備でした。症状がひどい日は休暇を取り、症状が落ち着いてからは病室から在宅勤務をしていました。そのため、私自身は毎日眠れず、疲労がピークに達していました。。

そして退院

退院しても、経過観察のため1週間は保育園に通わせないでね、と指示が出ました。ようやく、医師から保育園への登園OKサインがでて、3日間通わせましたが、徐々に体調が悪化し入院。。さすがに2回目の入院から退院した際は、実家の母にヘルプをしました。

私自身も疲れのせいか息子が2回目の入院中に咳が止まらなくなり、苦しくて病院で診てもらいました。人生初めての喘息になってしまいました。疲労とストレスが原因だったようです。

退院後の問題

退院後の問題は、息子をどこにも預けることができない状態になってしまったこと。

3度目の入院は、さすがに母を頼ることができませんでした。夫と私で、協力しながら付添っていました。仕事は看護休暇を取りました。

以前のエントリーにも書きましたが、今年の春に父が脳梗塞で倒れ、要介護状態になりました。母は父の介護のため東京に長期間滞在することができません。夫の両親は既に他界しています。だから、親を頼ることができないのです。

息子の退院後も症状が完治した訳では無く、呼吸が苦しくなったらすぐに病院に駆け込まないといけない。その上、病状の関係上、病児保育やベビーシッターにも預けることもできない。

3度目の入院から退院したとき、医師からは「完治するまで、保育園はお休みしましょう。ただ、いつ完治するか分かりません・・・いま言えることは、3才、4才、小学生ぐらいまでになれば自然と体力が付いていきますから、体力が付けば再発しません。それまで待ちましょう」

しかし保育園は2ヶ月間休むと、退園扱いになってしまいます。都内は待機児童問題もあるため、退園したら次はいつ入園できるか分かりません。

【追記・補足】もちろん、病状によってはベビーシッター・病児保育ともに対応できる所はあるかと思います。まずは各団体に問い合わせてみてください。事前に医師の診断を受けて許可をもらうことと、入会訪問や事前確認をする団体が多いです。息子については現段階では、医師からの許可が下りていない状態です。。

決意

私は仕事を退職することにしました。息子の症状が完治するまで、見守っていこうと思います。

今年の3月まで苦労して保育園を探して、そして転職して仕事復帰できたのに、本当に勿体ないと感じています。職場のみんなとも馴染んできて、仕事にも慣れてきたのに、とても残念な気持ちと申し訳ない気持ちでいっぱいですが、今は息子のことを第一に考える時期なのだと感じています。

追記:このブログを読んで気分を害された方から「仕事も家庭も両立して何が悪い」と意見をいただきました。働く女性のことを非難するつもりはありませんし、このエントリーでワークライフバランスを議論したい訳でもありません。それに、私自身も働き続けたかったのです。退職は苦渋の決断でした。

ありがとうございました

やはり今回のことで周囲に多大な迷惑を掛けてしまって本当に申し訳ない、と感じています。いつか子どもが元気になったら、仕事復帰してこれまでの恩を返していきたい気持ちがあります。

息子が保育園に行けるようになるまで、勉強会を開催したり、独学で学んだり、短時間の在宅勤務をしたり、執筆したり、Fedoraのバグを報告したり・・・自分がいまできる範囲で貢献していきたいです。徐々に少しずつのペースになってしまうかもしれないけど、自分のペースで進んでいこうと考えています。

職場の皆さま、そしてお仕事でお世話になった皆様、短い間でしたが本当にありがとうございました。

そしてこれからも、よろしくお願い致します。

最後に

子どもの入院中、いつまでこんな状態が続くのだろうと不安でした。

看護中に夜が明け、病室の窓から暁の空が見えたとき、「明けない夜は無い。息子はきっと元気になってくれる」という前向きな気持ちになれました。鞄の中にたまたまコンデジRX100が入っていて、とっさに撮影しました。辛くなったとき、この写真を見ながら気持ちを切り替えようと思います。

明けない夜は無い。

© Manami Taira